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営業マン蘇生の物語-おもしろい営業への道II-第九話

作成者 admin 最終変更日時 2012年02月27日 16時18分

第9話「撤退することの難しさ」

 

 私がメンバーとともに立てた戦略の中で、何度もテーマとなったのはターゲティングの問題だった。自社の強みを活かし、弱みを克服していく上で、支店のエリアのターゲティングを見直そうという声は、メンバーたちの中から何度も上がっていた。それは将来性が高く、最も粗利の高いところに集中特化しなければならないということであり、その重要性については全員が理解していたのである。

 営業でよく言う「選択と集中」、実はそれ自体はそう難しいことではない、と私には経験上わかっていた。ある市場に対して、これくらいのリソースを投入し、こうしたコンサルティングをしていく、という考え方は受け入れられやすい。メンバーたちも、売れるところ、売れるチャンスをつかめば成績につながるところに行くのは納得できるからだ。しかし問題は、「選択と集中」によって、選択されなかったお客様に対する活動をどうするかなのである。

「岸本、小山建設さんの状況を聞かせてくれる?」
 ある日、私はメンバーの岸本くんに声をかけた。
 小山建設はこの地域では大手の建設会社で、今までの取引実績が比較的高い。利益も出ている黒字案件である。ただ、過去の案件内容を見てみると、経営に直結するようなコンサルティングはなく、簡単なシステム提案ばかりなのが、私には気になっていた。お客様の購買方針もコスト中心で、実践的なコンサルティングを求めているわけではない。さらに小山建設自体もリストラを繰返していて、将来的な飛躍の可能性は小さかった。どうにも先につながる要素が見当たらないのだ。岸本くんの説明を一通り聞いたあと、私はこう言ってみた。

「この市場、狙っていたような実績がほんとに出てるの?」
「……なかなか難しいです……でも、利益は出てますから」
 私はふと疑問に思った。日頃の岸本くんを見ていると、どうも小山建設にかけている労力が大きいように感じていたからだ。
「おまえさぁ、ここんとこ残業してる日が多いよなぁ?」
「はぁ、いろいろとやることが多いですから」
「そうかぁ? 小山建設さんの提案が迫ってるからじゃないの?」
「いえ、そういうことじゃないです。ほかの案件もやってます」

 私がさらに疑問を深めたのは、数日後のことだった。夜の7時頃、岸本くんは書類をカバンに詰め、帰り支度をしている。
「お先に失礼しまーす」
 岸本くんはいつもより早く退社していった。ふと、彼の机の上を見ると、常に置いてあった小山建設のファイルが1冊もない。私はぴんと来た。岸本くんは残業をせず、家に持ち帰って小山建設の仕事をするつもりなのだ。

 毎回、この案件には派遣のオペレーターさんが何日も携わっているはずだ。資料集め、提案書づくり、細かい事務処理……だが、気になって原価表を調べてみると、意外にオペレーターさんの費用は想定したよりも少なかった。もっと詳しく調べてみると、かなりの部分が支店全体の経費に付け替えられているようだった。

『あいつ、実際より原価を少なくしてるな……』
 この案件は見直す必要がありそうだ、と私は思った。長期的に見て、こうした活動は会社の業績に悪影響を及ぼすからだ。しかし一方で、営業として担当するお客様から手を引くつらさも身にしみてわかる。
『さて、岸本に何て言おうかな……』

 小山建設の提案が終わった日、私は岸本くんを呼んだ。
「ちょっとこれ、見てくれる?」
 私が差し出したのは、小山建設の簡単な原価表だった。
「オペレーターさんが1日これだけかかって、5日でこうなるよね。それから、おまえの残業代……」
 岸本くんの出した原価と比較しながら、私は自分で計算した原価について説明した。

 岸本くんはじっと聞いてから、ぽつりと言った。
「……なんとなくは、わかってました」
「うん。利益を出したいのはわかるよ。でも、実際にはこれだけかかってる。ほんとは赤字なんだよ。仕事を家に持って帰ってやれば、おまえの私生活まで犠牲にしてることになる」
 岸本くんはうつむいたままだ。

「例えば、将来魅力的な取引を行える可能性がほとんどないお客様のところに掃除というサービスを提供すると仮定してみよう。一生懸命掃除して、こっちがお客様にお金支払ってさ、きょうは掃除させてもらってありがとうございました! って、赤字っていうのはそういうことなんだよ。これ続くかい?」
「……」
「自分のお客様の役に立ちたい、何とかしたい、オレだってそう思うよ。手を引くのはイヤだし、つらいのもわかる。でも、これを続けてたら、会社は赤字がふくれるだけなんだ」
「はい、すいません……。わかりました……」

 結局、小山建設からは2年かけて徐々に撤退する、ということに岸本くんは同意してくれた。それ以来、私は、将来的に大きな取引が見込まれる場合を除いて、一定の粗利率を切る案件は手を引く、というルールをあらためて徹底した。そして、一部担当を替え、岸本くんにはあえてポテンシャルの高いお客様を新たに担当してもらうようにした。

 戦略を実行していく気持ちがメンバーの中になんとか浸透し、支店の業績はようやく上向いてきた。しかし、撤退という問題にはこれからもぶつかるに違いない。
『理屈ではわかるんだけど、でもやっぱり撤退って難しいなぁ』
 私はつくづくそう思った。

 撤退すべきかどうか、営業にこの手の話はつきものだ。お客様に対してもつらいですし、担当する営業の仕事を奪ってしまうということもつらい、このつらさは経験してみないとわからないものだ。
 ただし、利益の出ないビジネスを継続してはいけない、その判断はマネジャーが下さなくてはならない。通常、営業マンは自分でもわかっている。でもやめたくないという意思表示をしてしまう。そこで重要なのは、その案件が赤字であることをはっきり示すこと、つまり「可視化」だ。利益の可視化、行動の可視化、それによって営業に納得してもらうことが大切だ。
 一方で、「健全な赤字」というものも現実には起こりえる。将来的に何らかの利益をもたらす取引かどうか、マネジャーはそれを見極め、もしそうであれば長期的な視点で我慢するという判断をしなければならない。
 撤退すべきかどうか、これは現場の営業担当者にはわかりづらく、実行することはとても難しい。
さて、第6話「初めてのビジョン」で以下のようなことをお話しした。
『提案型営業はメンバーにとって斬新でおもしろかったのだろう。みんな一生懸命取り組んで成果を出してくれた。しかし、このまま全員で提案型営業を展開するとメンバーは疲弊することになる。私はそれにまだ気づいていなかった』
 この答えが、ターゲティングであり、今回の撤退である。メンバーにとって魅力的なビジョンのもと、チーム全体が活性化しているとき、マネジャーは冷静にターゲットの絞り込みをしないといけない。提案型営業のような手間のかかる活動をどのお客様にも行ってしまうと、活動量とリターン特に利益とのギャップが起こり、やがては報われない案件にメンバーが疲れてくる。まず自分たちが提案型営業を行う対象のお客様を絞り込むこと、その狙ったお客様だけに提案型営業を行い結果を出していくことが重要だ。

第九話 終わり