パーソナルツール
現在の場所: ホーム 書庫 moichiro 営業マン蘇生の物語-おもしろい営業への道II-第六話

営業マン蘇生の物語-おもしろい営業への道II-第六話

作成者 admin 最終変更日時 2011年07月13日 11時34分

第6話「初めてのビジョン」

 

 A3の紙に書き入れた毎月の業績推移を見ながら、私は漠然と考えていた。

『売上の単価は上がっている、それなりに成果は出てきたといえるかもしれないけど、ほんとにこれでいいのかな……』

 営業マネジャーになって1年半、私は何かもやもやしたものを抱えていた。

 


 ある日、メンバーの森山くんと飲みに行った時、私は残念な話を聞いた。森山くんの同期の営業が、飛び込みで行ったお客さまからお出入り禁止のお達しを受けたという。その友人はしつこく通ったため、「もう、うちの会社の中を歩くな」と言われたそうだ。

「そしたらそいつ、『歩くなって言うから、歩かないで床をはった』って言うんですよ。それもすごく得意げに……。オレたち、そんな情けない仕事してるかと思うと、もうやりきれないですよ」

 


 森山くんの同期は多少尾ひれをつけて話したのかもしれない。だが、本当に床をはったかどうかはともかく、それに近いことをしたのは間違いない。

「たしかに、飛び込みって、ゴキブリみたいな扱いを受けるんですけどね」

 森山くんは寂しそうにそう言った。アポなしの営業は1日に何人も飛び込んでくる。お客さまからすればいちいち会ってなどいられない。それはわかるのだが、森山くんはそんな扱いに傷つき、またそれを逆手にとって自慢するような営業の世界にがっかりしたのだ。その気持ちは痛いほどわかる。私の声は思わず高まった。

「そんなことはない! オレたちはそんなつまんない仕事をしてるわけじゃない。営業はもっと誇りを持てる仕事なんだ!」

 それは私の本心だった。

 営業のメンバーは自分たちの仕事に誇りを持っていない、その日以来、この問題が私の頭から離れなかった。

『誇りを持つこと。じゃあ、誇りを持てる仕事って何だろう?』

 ゴキブリのように扱われず、お客さまと対等でいられる、そんな営業の姿を私は思い描いた。

『お客さまが気づいていないもの、お客さまの求めるものをオレたちが対等の立場で提供するやり方、お客さまの役に立って、感謝されるような……』

 


 その時、私の頭にすっと浮かんできた言葉があった。それは“提案型営業”だった。

『そうだ! 本当にお客さまの役に立つことをやる、誇りを持って提案型営業のできる営業になる、これだ! これがオレたちの目指すことなんだ!』

 誇りを持って提案型営業を実践し、本当にお客さまの役に立つ営業となること、これがマネジャーの私にとって、初めてのビジョンだった。大切なのは、自分の仕事に誇りを持つことだと私は思ったのである。

 ちょうど半期の変わり目だった。私から営業所メンバーへのメッセージとして、『我々は提案型営業でお客様に信頼され、会社のトップ営業所となる』と宣言したのだ。もちろん言うだけでなく、行動にも移した。

 私はまず、通信機能を備えたオフィス機器の製品で、この営業スタイルに取り組んでみた。私にとってこの製品は得意領域だったので、自分の知識をメンバーに吸収してもらい、皆の提案に活かそうとしたのである。

 


「所長、この機能、技術的にどうなってるんでしょう? お客さまの使い勝手がちょっとよくわからないんですが」

 森山くんが困っている。私はすぐ動いた。

「じゃあ、メーカーの開発に知ってるヤツがいるから、ちょっと来てもらおう」

 私は親会社から開発関係のスタッフを呼び、難しい通信機能についての勉強会も開いた。

「そっかぁ、そういうことかぁ。じゃ、この機能は履歴管理に使えばいいわけだ」

「それなら、○×商事の総務部に提案できるなぁ」

「うん、競合と差別化できるよね」

 そんな風に、メンバーたちは商品知識をベースに、お客さまへの提案について話をするようになった。

 


「所長のやりたいことは、これだったんですね」

 営業会議で提案型営業について検討している時、目を輝かせた森山くんがふとそう言った。

「そうなんだ。今までは台数ばっかりで評価されてただろう。シェアを上げるのも大切だけど、でも会社の評価は利益だよ。これからは、役に立つ提案をして利益を上げる方向へと絶対変わるぞ。その先取りをしよう。大手をねらうなら、提案型しかありえないよ」

 メンバーたちは何度も深くうなずいた。

 


 四苦八苦して私がたどり着いたのは、この提案型営業だった。いろいろな知識を持つこと、お客様のことをもっと知ること、みんなで考えること、計画を立てることなど、今まで私が言ってきたことがここで結びついたのだ。

 


「すべてのお客さまと対等に、すべてのお客さまの役に立つ営業になろう!」

 首都圏の営業所に来て1年半、これまでさまざまな問題に何度もぶち当たった。失敗もあった。しかし、私とメンバーたちはこのビジョンに向かって、今ようやく一枚岩となった。そして、この時を境に、営業所の業績はついに右肩上がりのカーブを描くようになったのである。

 


 こうはなりたくない、という苦しまぎれの方向性だったが、皆のよりどころとなるビジョンの意味は大きかった。『自分たちの仕事に夢を持つ、誇りを持つ』、このことの重要性をこの時初めて実感した。一人一人のモチベーションと互いに助け合う心も高める。会社にもビジョンはあった。でもそれは遠い絵空事のようだったのだ。やっぱり自分たちの身近なビジョンがあることが大きかった。ビジョンはとても大切なものだった。

 


 提案型営業はメンバーにとって斬新でおもしろかったのだろう。みんな一生懸命取り組んで成果を出してくれた。しかし、このまま提案型営業を展開するとメンバーは疲弊することになる。私はそれにまだ気づいていなかった。

 


この後、私は3年の出向満了を迎え親会社に復帰した。営業所のメンバーは提案型営業を続けたが、徐々に疲弊し、やがてほとんどのメンバーは従来のスタイルに戻っていった。

 


第六話「初めてのビジョン」終わり