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『SHIENと将棋』(第9回)-「負けました」

作成者 admin 最終変更日時 2010年04月16日 16時13分

将棋を教えるときに必ず教えることの中で、なかなか実行してもらえないことがある。

それは、負けたときに「負けました」と言うことである。

将棋の対局は、「お願いします」のあいさつではじまる。

そして終局は、負けたほうの「負けました」という言葉で終わる。

他の多くの勝負事で、「負けました」だけで終わるものを私はあまり知らない。

たとえば、野球のさよならホームランの後に、負けたチームのメンバーが「負けました」と言わなくても点が入れば負けである。

将棋と囲碁どちらも趣味としている方からよく聞くことは、将棋の方が負けた時に厳しいということである。王将が自分の分身であって、負けるときは惨めなつらい思いをするという感覚や「負けました」と負けたほうが自分の負けを認めないといけないことが、厳しいと感じさせる要因ではないかと想像する。

初心者に指導するとき、「お願いします」「(負けたときに)負けました」「ありがとうございました」ということをしっかり言うことを指導するが、この「負けました」がなかなか言えないのだ。

多面指しによる指導対局で、ぐるっと回ってきて見ると、ビックリすることがある。先ほどの局面では、王将が詰んでいた(負けました!と言わないといけない状態)はずなのに、王将が全然違うところに移動していることがあるのだ。それも、一度や二度ではない。今まで6人くらいいただろうか。移動はさせなくても、おそらく詰んでいることは理解しているのに「負けました」と言えなくて、何分も黙ったままの子もいる。おそらく、このような子どもは「負けました」と言えないのであろう。

その気持ちは、ある意味わからないではない。

つらいのだ。

自分なりに一生懸命指した。

けれど、結果は負け。

どんな勝負であれ、勝負を負けることは屈辱である。

その屈辱を受け止めなければならない。

将棋のトッププロたちも、負けたときにははっきりと「負けました」と言う。

「負けた」ことを自分で認めることが大事である。

そうでないと、強くなれない。

次に負けないために、どうすればいいのか?

今日の負けを明日の勝ちへとつながるためにどうするか考え、実行することが大切なのだと思う。

自分の負けを認めること、それは責任感につながる。

責任感は、組織の中で自分がいかに能力を発揮するかにつながる。

真剣に生きること。

もちろん、一度も負けない人なんていない。

失敗にめげず、立ち上がることが大切である。

「負けました」は、責任感であり、主体性であり、次に勝とうとすることであり、社会の中で生きる自分をしっかりと感じるために、とても大切なものであるように私は思う。

組織の中では、自分の役割をしっかりと認識することにつながる「負けました」は、SHIENにとっても、大切なものと私には感じられる。


教育計画研究所

重松孝


[こんなシゲちゃんです]
将棋の勝敗は、メンタルな部分がかなり影響すると感じます。将棋を指したら相手の精神状態がわかる気がします。
相手の性格を言い当てるのは、かなりの確率で当たる???と思っています。