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支援の萌芽とそのフィールドの紹介:戦争直後のNational Bulk Carrier呉工場での現場での支援(下)

作成者 admin 最終変更日時 2010年04月09日 12時40分

支援の萌芽とそのフィールドの紹介

戦争直後のNational Bulk Carrier呉工場での現場での支援(下)

 (上)で支援の発生した背景を分析したので、それをもとに、今回は具体的に支援の内容について詳述する。船穀の熔接工法に習熟した工員たちを使い、設計からブロック工法を進めていたが、第1号タンカー(ペトロクレ)では先行艤装は部分的なものにとどまり、船体が完成後艤装工事に入るという従来の方式であった。進藤部長としては艤装もブロック工法に組み入れることを企図していたがいくつもの壁があった。  ①今まで造船技師は船穀設計重点であり、艤装については現場任せのところが多く知識不足であったこと。②艤装については職長クラスの名人芸で現場合わせによって完成させていたため、職長のやり方を否定するやり方では反発を招くことになる。③艤装には電気、内燃機、配管設備など異なる技術が求められるため系統別の縦割りが従来の常識であり、ブロックごとにまとめるためには組織の見直しまで必要となった。

 進藤は職長と雑談風に話し合い、6ヶ月間自ら艤装現場に入り込んで職長のノウハウを自分のものにしていった。職長たちは自分たちの経験に裏打ちされた技術は一子相伝的なものでなく、呉造船所で培ったものであるので素直に勘所を技術者に伝えた。船穀、艤装技術者は現場からのノウハウを持ち寄り最適なブロック工法を模索研究して三つの壁を克服していった。それまでも先進工法の勉強会が盛んに行われ、さらに夜の飲み会も含めて技術者同士の交流は円滑に行われており、組織の壁は他社に比べてうすかった。

 【従来工法とブロック工法との比較を別表に表す】

  従来の方法はキール(竜骨)を置いて船穀を組み立てるいわゆるシップ・ビルディング工法(工程はシーケンシャルになっている)であるが、ブロック工法ではヤードでブロックごとに組み立てて、それをドックで結合する方法である。羊羹の一棹をいくつかに切り分けたものをブロックと考えればわかりやすい。しかし、ブロック内の艤装すべてをあらかじめ作りつけすることはできないので、全ブロックを溶接後仕上げの艤装をする必要がある。

 ブロック工法を数多く施工した結果、ブロックの最適単位は、クレーンの能力にかかわらず、経験から4万5千トン程度となった。8万5千トンクラスは上下2段のブロック、11万5千トンクラスは上中下の3段ブロックに分割したほうが足場の関係から効率的であった。

 ブロック工法への移行時期における『支援』の形態

  別表のとおり、従来の工法と異なる最大のポイントはブロック毎総合設計、総合艤装図である。

 船穀、艤装設計の相互支援がないと出来ない部分で、隔壁に配管を通すフランジの位置や減速装置の位置などには所長クラスの施工ノウハウも含め全系統の叡智を集めることが必要であった。

  1.  ブロック総設計へ艤装設計の支援、職長クラスの支援が形成された。この支援は厳密には『支援する、支援される』という意識は形成されていない。しかし、職長クラスにとっては特に自分のやり方を変えることになるという不安があったことと思うが、大和を作ったという誇りと新しい造船技術により世界に認められる船を作ろうという共通の文化が形成されており、その文化のもとでスムーズな支援が行われた。

  2.  機器一つひとつの図面(一品図)については、多量なので技術者が製図する時間がなく、多数の工員を指導して工員が作成した。 現場の工員が図面を作成することは全く考えられないことだが、職種 にこだわらずに活用できる人々を効率的に使用したのであろう。工員からの支援により工期の短縮に も貢献できた。

  3.  外部の他の造船メーカーへの支援 (上)で説明したとおり戦後、立ち遅れた造船メーカーは熔接工法を取り入れるべく懸命に努力しており、NBC呉には他社の技術者が引きも切らずに見学に来た。 その対応には、政府とNBSの特約条項を盾に、見学者にはNBC側が出し渋る内部情報を快く提供し、さらに見学が終わっての飲み会でも胸衿を開いて技術について侃々諤々の議論をした。当時の日本造船界が敗戦を経てどん底から立ち上がり、なんとか世界を相手に飛躍できるよう切磋琢磨の時代であったことが外部他社への支援を容易にしたのである。

 ブロック工法の管理ポイント

ブロック工法を完成するには、接合した各ブロックが狂いのないようにしなければならない。そのために3点の重要な管理が必要である。

  1. 部材の精度管理。例えば、船体の隔壁はできるだけ重量を軽くすべきで薄板を採用することが望ましいが、当時の鋼板メーカーの能力を考えて得意とする厚さの鋼板を購入することで品質の安定とコスト削減を図った。(敗戦直後であり仕入れ先の体力も勘案する必要があった)

  2. 施工精度管理。例えば、部材を鋼板から作成する場合、熔接の熱による鋼板膨張しろを算出して作成することが必要である。これは戦時中から熔接船を作成して経験を積んだアメリカ技師からデータを貰った。

  3. 厳密な工程管理。例えば、各部材を接合してブロックを製造して、そのブロックを接合していく工法であるから工程管理を厳密にしないとブロックの接合の際に手待ち時間が増えることになるため、厳密な工程管理が必要となる。NBCではテンデイズリポート(10日レポート)を作成して、技術者全員で工程の進捗をチェックして、遅れや問題点を早いうちに見つけ対策を打つことが出来た。これも進藤部長が自らチェックし現場、設計を督励して行った。

  支援の成果

  1.  (上)に掲載した表のとおり、目を見張る工期短縮を実現した。

  2. 職長たちも以前は他の工事部門との折衝や現場での段取り打ち合わせなど雑用に悩まされていたが、新工法後は自分の熟練技術のみに専念できることになりモチベーションが高まった。

  3. このブロック工法により、船首と船尾だけが特殊ブロックとなり、その間の船体は同一ブロックの積み重ねになるので、二十万トン級、三十万トン級とより大型のタンカーを建造することが出来た。

  4. 従来は完全にオーダーメイドで1隻ずつ建造していたが、ブロック工法をもとに、ズングリ型で球形の船首(バルバスバウ)を持つセミオーダーの巨大タンカーを短納期で建造できるようになった。

  5. この技術が国内他社造船メーカーに伝わり、以後40年近く世界トップの造船国になることが出来た。

終わりに リーマンショック以降、ようやく製造業に立ち直りが見えてきたが、今後は時代の趨勢に従うためには従来の体制や、やり方では成長できなことは明らかである。終戦直後のどん底の時代にいち早く世界に対応しうる体制を作った造船業界の中に現れた『支援』を振り返って考えてみることに価値があると考える。また、本論とはずれるが、NTTの民営化に辣腕をふるった進藤恒氏であるが、わきの甘さを突かれ晩節を汚してしまった。しかし、終戦直後、疲弊した日本経済の中でNBC呉造船所を世界一の造船所に育てた功績は経営者としてもっと評価されてもよいと考える。

以上

別表添付

 

beppyou

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  参考文献 『戦艦大和の遺産 上下』前間孝則著、『日本の造船業 世界の王座を何時まで守れるか』伊丹敬之著