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「支援」は「支縁」

作成者 admin 最終変更日時 2010年04月30日 08時27分

「支援」は「支縁」その1,2

 

 この頃の日本は、GDP&自殺率は世界第2位、でも幸福度は世界第90位だそうです。GDPが一万ドルを超えると、幸福度が経済成長に反比例し始めるそうですが、日本はこの境界を随分前に越えました。やっと少しは議論も起きてきたようですがそれでも大勢は昔うまくいった仕組みとやり方で頑張ればお金が儲かるようになると思っているようですし儲かれば幸福になれると信じているように見えます。

 この今も昔も相も変らぬ底流の中で、凡なる私がなんとか落ちこぼれないように企業の現場でもがきながら自分なりの生き方と仕事の整合性を工夫してきた企業人としての人生が結果オーライだけだと思っていたのですが舘岡さんの「利他性の経済学」に出会ってそこで説かれている「支援」や「利他性」の精神と大いに重なるところがあるのを見つけまして嬉しくなりました。中でも私が以前の会社で生産事業部を担当していた現役時代はもう10数年近くも前の事ですが会社の在り方と自分の在り方に共鳴を感じた充実感のあるユニークな時期でした。その一時期は会社が不思議な光芒を放ち社員一同自信と自尊心に溢れ外部からも敬意をもって接していただいておりました。それは紛れもなく当時のI社長の時代を先取りされた経営哲学によるものでしたがそれは今にして思えば舘岡さんの説かれる「支援」をもってなされていたということであったと思います。当然そのI社長の放たれる高密度精神波動の支援下ではありましたが私の周辺に起きた出来事のいくつかをご参考までにご披露致します。(文中の参照ページは「利他性の経済学」のものです。)

その1:当時のI社長は身体は小柄ながら大岩のごとき風格と時空を超えた視点を持った方です。この方から叱られたときの問答:

「きみの事業部はなんでこんなこと起こしたんや」

「これこれこうです。すみません、責任取ります」

「で、どう取る?」

「始末書と辞表持ってきました」

「そうか、それじゃあ預かっとく。ところで聞くが責任は英語でどう言うか?」

「Responsibilityと言います」

「意味がわかっているのか?これはなあ、 Response プラス Ability すなわち 応答する能力 という意味だ。どこに始末書や辞表という意味があるのか? で聞くが、君はこの問題の報告受けてからどう現状を調べて何を考えそれを誰にどれくらい早く指示(応答を)出したのだ?」 というようなことで教育的指導期間中の数年にわたり4-5通の始末書は出したと思います。普通の会社ならとっくに引責退職です。とくに「自分の責任は果たしたが部下が悪かった」とか「他の部署が間違っていた」とか言うとバツでその類のことを数回言うと翌年は大体人事異動か降格です。きちっとした説明が出来るとかなり深刻な問題を起こした時でも「わかった。しっかりやれ。」だけでした。

Ritasei

 舘岡さんの「利他性の経済学」のp111に書かれている責任論を上記の出来事を当てはめますと「辞表・始末書=負担責任論:リザルトパラダイム」、そして「responsibility=応答責任論:プロセスパラダイム」に該当するようで、この応答責任こそが支援への入口だったのですね。さらにその注には「利害関係者が応答を通して責任を取ろうとするプロセスそのものを責任の実態と考える立場でありパラダイムがリザルトからプロセスへの移行の動きである。」とあります。

 時空を超えるとはまさに支援の原理であり、当時は旧海軍士官でもあり元日銀理事でもあった超エリート社長のきざな叱り方程度にしか考えていなかったのはまさに私の浅慮そのものでありました。

 その2:生産決定会議は毎月社長以下役員の出席のもと国内外の営業側責任者と生産側責任者そしてそのスタッフが出席して世界中の製品の数カ月先の発注数量を決定していきます。その為に生産、販売、在庫のサイクルの全てが適正であるかどうかが検討されます。ここに何らかの問題がありますと組織上では販売事業部は注文する人、生産事業部は造る人と決められていますので普通に考えれば発注数量や内外の製品在庫は発注側の営業責任なのですが問題があればトップからは主として生産側責任者の私の責任が問われました。

曰く

「こんなに売れる商品の在庫を切らすとは何事だ?」

また曰く

「こんなに売れない商品の在庫をこんなに積み増すとは何事だ?」。

その回答に「いつも営業側の発注通り問題なく生産してます」とか「在庫は営業の販売予測違いで起きたことですから生産部は関係ありません」という返事は事実であってもこれもバツなのです。ここでは生産責任者だった私自らが現地に出向いて販売・在庫状況を調査して来てその状況判断から「そんなに発注していただいて有難いのですが在庫状況から見て今回は不要でしょう。何故なら、、、」または「この発注量ではあの売れ筋商品に在庫不足が起きますよ。もう少し造りましょう。何故なら、、、」等が正しい受け答えなのです。そのために私自身2~3カ月に一度は世界中の販社の倉庫を確かめたり大手バイヤーに面接したりして商品に関わる状況を自分の目で確かめに見て回りました。そのため営業部隊にひけをとらない情報をこちらがもっているようなケースがよくありました。

 今ではITを使った色々な管理システムが稼働していますが現場のリアリテイーを複眼的にみて高説得力エネルギーをもった新鮮情報を得る作業は誠にしんどいですが自からが動き五感をフル動員して感じ取って来るしかないのではと今でも思ってます。当初は営業側から余計な事をするとの不快感を随分と持たれましたが結果として在庫の正常化が行われ生産側の立ち入った行動はむしろ自分たちを利するということを理解してもらえました。生産側から営業側との関係量を高め相互浸透を図りプロセスの共有化を図ったのはp168でのカオス退治のモデル1に近いのではなかったかと考えます。

その3,4へつづく