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「支援」は「支縁」その3,4

作成者 admin 最終変更日時 2011年01月25日 09時10分

「支援」は「支縁」その2,3

その3:

 生産マネジメントの重要要因はコスト・品質・納期ですがこの三つの要因に共通した重要なエレメントは資材部品です。特に納期に問題が起きた場合は深刻ですがその中でも半導体で問題が起きたときは絶体絶命です。半導体のような基幹部品は一部上場の超大企業が多く普通はその大それた営業部隊と我々のささやかな資材部隊の取引になるのですが我々より大きな取引先が先方にはいくつもあり部品の分捕り合いになった時には先方の営業は大会社流らしく取引先の年間発注量の大きい方から自動的に生産ラインを当てはめて行きますので我々の順位がそのままでは下がりました。半導体業界全体の生産可能量に対して発注量が2倍近くあるといった時期が数年続いたことがあり業界がパニックに陥りましたがその中でもカストムICやマイコンは代替えが出来ずどうしてもその発注先会社の生産ラインの優先順位を確保せねばなりませんでした。ところでこれらの大手半導体メーカーの工場はほとんど地方にありかなり独立した裁量をもっていました。そしてそこで現場の生産ライン割当の実権をもっているのは概ね生産管理担当の課長、場合によっては係長クラスの人たちです。この方々とは情報交換と称して生産事業部担当になった当初からそれらの工場を頻繁に訪ねて歩きました。そこでは企業秘密とも呼べるこちらの現況報告から始まり先方の半導体を使った商品の市況説明とか年間発注量の安定のための条件設定とか逆に先方の開発キャパ予約のために中長期の企画内容の勉強会を行ったりして近未来の予想を共有するというようなことを毎年地方巡業と称してやりました。やはり普段からお互いの生き方や考え方を示しておき直接の利害のちょっと先のところで繋がっているという信頼の様なものがないと現場の最終責任者同士の「してもらえる」関係にはならないようです。これらの人たちとは完全に飲み仲間状態で、たまには此方が接待をしたりして「買っていただく方から接待されるのは初めてだ。」と言われたりしました。この現場同士の信頼関係の御蔭で先方の営業部隊を裏から動かして他社のラインが停まっているときにも此方は流すことが出来て競合他社からは大いに不思議がられました。これはp148にある「相手が決める量である信頼というような人の心」の問題であり実際的にはp173のカオス退治のモデル3のようなものだと考えます。即ち管理で解けない問題は支援で解き支援で解けない問題は管理で解いたということに近いのではと考えております。 もっともこのことは上司や同僚たちには理解されず「あいつは出張だと称して地方の取引先に押しかけて温泉で酒飲んで芸者と踊ってる」などと評判が悪かったようですが、、、


その4:

 生産事業部運営ではやはり新商品開発が最重要課題でした。名前は生産部ですから設計、資材、生産などの機能は当然あるのですが更に基幹機能として商品企画部とデザイン部を有しておりました。要は市場調査、商品企画から開発・設計・生産、さらには市場導入の一部まで行っていました。当初は調査して企画してデザインして企画書をもとに営業を説得してそれから生産部門内の各部署に説明して設計して部品買って生産して、、、と時系列的にやっておりました。このやり方は開発に時間がかかるだけでなく情報伝達経路で情報の落ちや誤解などが出てきます。また、競争激化で商品ライフが短くなり導入したばかりの商品の市場反応を確かめる前に次の商品を開発せねばならぬようなことになり販売の予測が困難になってきました。そこで実際の商品開発で苦し紛れに試みて予想以上の成果を挙げた方法が開発プロセスの開始時点で関係スタッフ(営業、企画、デザイン、設計、生産、資材etc)がチームを組んで多くのユーザー宅を訪問して数時間彼らの自宅であれこれと会話をさせてもらうという方法でした。こうして現場を共有した関連スタッフが商品イメージを共有しその時点で考えられる問題を話し合い開発プロセス後段の生産や販売段階までも含めて予想されるすべての問題をそのユーザー宅訪問という開発プロセスの一番最初の時点で出し合って出来るだけ調整解決してしまうというやりかたです。初めに時間とコストをかけますがその後の動きが大幅に改善されます。途中で問題が起きても「その製品は如何にあらねばならないか」という基本情報を共有しているので現場同士の小さい頻繁なfeed backやfeed forwardが頻繁に自律的に行われ結果として大幅な開発期間の短縮、コストダウン、品質までもがよくなりました。これは今ではuser involvementとか複数エージェントによる分散問題解決「result sharing」と呼ばれている考え方の応用に近く、参加チーム員が現場で共有した問題をそれぞれの作業現場に持ち帰り他のチーム員と情報交換しながら支援したりされたりして自分のタスクを成就するという考え方です。結果として「してもらう・あげる関係」が確保される状況が実現していたのだと考えますこれはp103と136にあります参加した関連スタッフを通して部門間の支援関係度が飛躍的に高まり「刻々と変化するそれぞれの脈絡の中で自由意思で支援を決断する精神」が生まれたからだと思います。それはまたp168の言葉を拝借しますと「不確実性が高まって要因もメカニズムも同じなのに結果の開きは大きい。→ プロセスパラダイムを意識し支援の考えに目覚めれば要因(人)もメカニズム(組織)も一緒なのに問題解決能力が飛躍する」ということでもあると考えます。そしてはからずもp106のNISSANで現れたサポートエンジニアリング的構造が出来ていたのだと思います。 結局、企業やそこで事業責任をもつ人は「人を愛し、そして利益も上げる」ことが出来なければ存在する意味がないと考えております。しかし、現実にはプロセスパラダイム的行動をとりますとリザルトパラダイムを生き抜いてこられた先輩の方々やその薫陶をしっかり受けた同世代のみならず若い世代からも寄せられる批判と誤解との調整が実に実に大変でありました。その中で少しずつ業績を改善しながら組織も人も無理にいじらず今までのリザルト的なままその運用精神を変えることにより情報(状況)共有と自分の前後の仕事を支援することに誘導しで結局は自分の仕事を楽にし組織全体の効率もあがり「朝起きて会社へ行くのがいや」ではない支援的組織文化の入口までは辿りつけたのではと感じております。さらに舘岡さんの「利他性の経済学」によりこれらのことに論理的で精神的な構造を与えていただいたと考えております。 今後は企業ごとの個性的な支援文化の創成とその文化の継承発展が企業の個性や事業の差別化を創って行くことになるでしょう。 最後に、仏典に「此があれば彼があり、此がなければ彼がない。此が生ずれば彼が生じ、此が滅すれば、彼が滅す」とあります。世の一切は直接にも間接にも何らかのかたちでそれぞれ関わり合って生滅変化しているという見方です。I社長の口癖は「会社という字をひっくり返せば社会だなあ」でした。 経済が自らを乗り越えなければならない時が来たようです。 以上